2010年11月26日金曜日

11月21日、墓参りで、蒲生を探訪

 11月21日、快晴。朝から鹿児島の蒲生に向けて出発。

 今年は口蹄疫などいろいろあって、墓参り、今年初めてになりました。

 町の入り口にこんな看板ができていました。 ” 武家門の町 蒲生郷 ”
なんて司馬遼太郎の 街道をゆく 肥薩のみち に出てくる文言みたい。

 城山から町を望む。小さな古い町です。
ずっと右手の山の上には、火口湖の住吉池があります。

小生のご先祖さまが、その昔(1557年頃)島津氏の軍勢の一員として
蒲生氏を滅ぼし、その時からここにずっと住み続けていました。

 晩秋なのにこの桜、満開に近い状態。

 蒲生城山公園案内図。

 城山公園には蝶があちこち飛んでいました。
ヒメアカタテハは産卵中?

 ウラナミシジミ? クロマダラソテツシジミかもと思いましたが
落ち着きがなく、確認できず。数頭飛びまわっていました。

 他にベニシジミやヤマトシジミ、キオビエダシャクなど
見かけました。

 墓に着くと、キオビエダシャクが飛んできました。

 今回は、あちこちで見かけたものの、以前のように多数は
いなかったようです。

 他に、ウラナミシジミ、タテハモドキなど見かけました。

 帰り、司馬遼太郎も紹介していた梵字が刻まれている断崖
に寄ってみることに。


 薄暗い林の中で、ベニイカリモンガ?を見つけました。
薩摩半島の方にもいるんでしょうか?

 この梵字、蒲生氏が統治していた時代に刻まれたらしく
小生の御先祖さま達が蒲生氏を滅ぼした時に、いろんな
伝承まで消滅してしまったらしい。



 
 これは千手三尊の不動明王を表した種子(しゅじ)らしい。
その他弘安4年の蒙古襲来に備えての敵国調伏のための梵字や
菩提を弔うための梵字などもあるという。
 「梵字必携 児玉義隆著 朱鷺書房」 をちょっと覗くと、少し分かる字
も散見できます。


 帰り、鹿児島SAで小生の大好きな”じゃんぼ餅”(両棒餅)を
購入。昔は磯海水浴場の脇や鴨池に両棒餅を食べさせてくれる店
が並んでいて、その時の味がまだ引き継がれています。
 昔は爪楊枝ではなく竹ぐしだったと記憶してます。

2 件のコメント:

  1. ここは一人で行く場所ではありませんよ。

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    1. 竜ヶ城磨崖の仏蹟、確かに少し気味の悪い所ですね。薄暗くて足場が悪くて。何か曰くがありそうですね。

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