
今年は口蹄疫などいろいろあって、墓参り、今年初めてになりました。
町の入り口にこんな看板ができていました。 ” 武家門の町 蒲生郷 ”
なんて司馬遼太郎の 街道をゆく 肥薩のみち に出てくる文言みたい。

ずっと右手の山の上には、火口湖の住吉池があります。
小生のご先祖さまが、その昔(1557年頃)島津氏の軍勢の一員として
蒲生氏を滅ぼし、その時からここにずっと住み続けていました。



ヒメアカタテハは産卵中?

落ち着きがなく、確認できず。数頭飛びまわっていました。
他にベニシジミやヤマトシジミ、キオビエダシャクなど
見かけました。


いなかったようです。


に寄ってみることに。


薩摩半島の方にもいるんでしょうか?

小生の御先祖さま達が蒲生氏を滅ぼした時に、いろんな
伝承まで消滅してしまったらしい。




その他弘安4年の蒙古襲来に備えての敵国調伏のための梵字や
菩提を弔うための梵字などもあるという。
「梵字必携 児玉義隆著 朱鷺書房」 をちょっと覗くと、少し分かる字
も散見できます。

購入。昔は磯海水浴場の脇や鴨池に両棒餅を食べさせてくれる店
が並んでいて、その時の味がまだ引き継がれています。
昔は爪楊枝ではなく竹ぐしだったと記憶してます。
ここは一人で行く場所ではありませんよ。
返信削除竜ヶ城磨崖の仏蹟、確かに少し気味の悪い所ですね。薄暗くて足場が悪くて。何か曰くがありそうですね。
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